2020/05/06
016 風早の光る海

千霧島F8号

北条鹿島の西の海岸。沖合の「千霧島」、またその向こうに大注連縄の張られた「伊予の二見」を見ることができる場所です。

2019年10月の夕方、この地を訪れました。親子と思われる二人が光る海で釣りをしています。この子供は大きくなってもこの場所で父親と釣りをしたことずっと覚えているだろうなと、なんとなく思ったりします。

この沖合の「千霧島」、どうみても「トトロ」に見えるのですが、ネット上ではそのような指摘はみつけられませんでした。「鹿島のトトロ島」と勝手に名前をつけました。

2020/04/10
フェースシールドその2

コロナウイルスは、おもに、飛沫感染と接触感染により伝播すると考えられています。

飛沫感染は、感染した人の咳・くしゃみ・つば・鼻水など飛沫(とびちったしぶき)の中に含まれているウイルスを口や鼻から吸い込むことにより感染します。

飛沫による直接感染

フェースシールドを用いることで、飛沫をブロックすることが可能となります。

飛沫マスク着用

もう一つの感染経路は接触感染です。ウイルスが付着した手指で鼻や口や目に触れることで、粘膜などを通じてウイルスが体内に入り感染することです。

顔を手で触る

人は、無意識のうちに、顔を触ります。1時間に20回程度、3分に1回程度は触っていると報告されています。

フェースシールドを用いると、顔を無意識に触ることができなくなり、この経路を断つことが可能となります。

シールドをつけて顔を触る

フェースシールドを正しく使えば、コロナから自分の身を守ることができます。

 

2020/04/09
フェースシールド

現在、市中でマスクがほとんど手に入りませんが、医療機関にもマスクの入荷は全く予定が立たない状態が続いています。

このまま入荷できない状態が続けば当院のマスクも底をつくかもしれません。医療をする上でどうしても患者さんとは接する必要があり、濃厚接触者にならないためにはサージカルマスクは必要です。

マスクが底をついたときに備えてフェースシールドを準備しようと注文をかけたところ、フェースシールドもマスクと同様。売り切れ状態で入荷の予定もたっていないとのことでした。うーん、困ったなーということで、使えるかどうかは別にして作ってみようと作ってみました。

DAIKIに行き、一番軽く安いヘルメットと透明のビニールテープを購入(ヘルメット1,298円、ビニールテープ63円)

ヘルメット1 ヘルメット裏1 ビニールテープ1

クリアファイルをヘルメットに仮固定。

仮装着1

首を動かしても肩に当たらない範囲でクリアファイルをカットし、出来上がり。

横から1 前から1

印象としては、結構使えそうです。真夏は暑そうなので、両サイドをもう少し切る必要があるかもしれません。

目もブロックしますし、飛沫もブロックできるので、手作りマスクでも十分だと思います。

ただ、間違いなく言えるのは、職員にも患者さんにも笑われそうです。笑われるだけなら良いけど、風評被害が出るかもしれません。

使わずに済むことを祈るのみです。

2020/03/04
015 寺の薄紅葉

寺の薄紅葉

2018年11月25日、もみじの名所として有名な「西山広隆寺」に行ってきた。なかなか行く機会がなくて、初めての訪問でした。紅葉の見頃は年によって若干前後するものの、例年11月下旬から12月初旬頃だそうです。2018年11月25日は、まだ見ごろを迎える前で紅葉の走りでした。薄紅葉は、仲秋の季語で、緑の残る淡い色の紅葉のことですが、まさに薄紅葉でした。三重塔は県指定文化財で、1836年建立だそうです。紅葉の木も大きく、下から見上げた薄紅葉でした。(F30号)

 

2019/01/05
014 麦秋の野

麦秋(ばくしゅう)とは、麦の穂が実り、収穫期を迎えた梅雨前の初夏の頃の季節のことですが、この絵は2017年の5月14日にスケッチした松前の裸麦畑です。愛媛県は裸麦の生産量日本一で、全国の約40%を生産しているそうです。愛媛生まれではない私は、この時期に野が黄色く染まるのが珍しく、美しいなと思っていましたが、念願かない絵にすることができました。裸麦からできる焼酎も美味で(宝泉坊、兼八など)、愛飲しています。

麦秋の野縮2

麦秋の野   P20号

 

2017/07/04
013弓削島の休日

上島町のホームページには、弓削の町並みについて、以下の説明があります。

「多彩な歴史と文化を持つ町並みが今も残ります。鎌倉時代には京都東寺の荘園として栄え、江戸時代には参勤交代の風待ちの港としてにぎわいました。」

5月の連休にこの地を訪れました。車の入らない道なので、猫も住みやすそうです。

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2017/07/04
012 豊穣の祈り

鬼北町の医王山善光寺には薬師堂があり、薬師如来坐像が祭られています(薬師堂は国の重要文化財)。鎌倉期の作とされ、700~800年にわたり地元の方々の信仰の対象であり、病気平癒や家族・世界の平和、そして豊穣の祈りも受けとめてきた仏像と思われます。

全国公募第30回地展「鬼北町を描く」に出品した作品です

http://chiten-japan.art.coocan.jp/30kihoku-top.html

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2016/02/18
薬師如来がやって来た

像1像4像5像8

薬師如来像;像高は台座、光背を含めて142cm、材料は樟、寄木造り。

頼んでいた「薬師如来」が出来上がり、1月31日に当院に搬入しました。作者は「川谷昌巳」父親です。

薬師如来について;薬師本願功徳経では、薬師如来は東方浄瑠璃世界(瑠璃光浄土とも称される)の教主で、菩薩の時に12の大願を発し、この世門における衆生の疾病を治癒して寿命を延べ、災禍を消去し、衣食などを満足せしめ、かつ仏行を行じては無上菩提の妙果を証らしめんと誓い仏と成ったと説かれる。瑠璃光を以て衆生の病苦を救うとされている。無明の病を直す法薬を与える医薬の仏として、如来には珍しく現世利益信仰を集める(Wikipedia)。

寄木造りについて;頭体の主要部を二つ以上の材から組み立てる技法。一木造は内刳りを施してもやはり干割れが起こしやすく、像の主要部を一材から木取りするのにどうしても巨木が必要になるが、一つの像を幾つかのブロックに分け、その一つ一つを別材から木取りし、積み木を並べるように組むことで、特に太く大きい木材を使わなくても巨像を造り易くなる。また、干割れの原因となる木心部を取り除いて木取りするのも簡単であり、更に内刳りも各材の広い矧ぎ面から十分に刳ることができ、分業が容易、など長所が多い。寄木造は10世紀後半頃から始まったと見られ、六波羅蜜寺の薬師如来坐像が今知られる最初の例である。11世紀に入るとより合理化・洗練され、特に定朝以降、丈六仏のような巨像の制作に盛んに用いられた。代表的な物に東大寺南大門金剛力士像などがある(Wikipedia)。

作者(父親)に聞いたところでは、仏像が大まかに出来上がった段階で薄ノミを接着面に打ち込み像を分解し、内部をくりぬくそうです。像が軽くなり、干割れにも強くなります。さらに像内部からの細工が可能となります。この薬師如来像も目は内部からガラスを当てる方法が用いられています。薄ノミを当てた部位は少しくぼみますが、水に漬けることで元にもどるそうです。その後乾かして再接着する方法で造られています。

当院での仏像設置は、病気平癒を祈願したものです。宗教的な目的ではありませんので、開眼法要などの仏事は行っておりません。ただし、材料となった木はお寺のそばに生えていた樟で、「念仏を聞いて育った木」だそうです。仏像を彫るにはもってこいの材料だったかもしれません。漆を塗っていますが、樟独特の芳香がかすかにします。

像は待合のあまり目立たない場所に設置しています。職員控室に続く通路の車椅子置き場の上になります。お寺ではなく医療機関ですから、興味のある方のみ見ていただくために、ちょうど良い場所と考えています。

 

 

 

 

 

2015/09/23
011 轟の甌穴(とどろのおうけつ)

広見轟(とどろ)の甌穴(おうけつ)群を紹介した町の看板には以下の説明がある。

広見轟の甌穴群は南予地方では数少ない甌穴群の一つで、大小300個余りが轟橋の下流に幅80m、長さ200mにわたって分布している。大きさは盃大から直径2mのものまであり、形も円形、楕円形、二重火山形など多種多様である。

甌穴は、川底の岩盤が流水や砂礫によって浸食され凸凹を生じたもので、更に浸食が進むと4m以上の深渕を生じることもある。

広見轟の甌穴群は数千年を経て現在の様な風光明媚の地形を形成したもので、春の川ツツジ、夏の飛鮎の躍動など私達に美しい名勝を提供している。(甌穴の別名;ポットホール、カメ穴)

平成18年1月  鬼北町教育委員会

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F30号

2015/09/20
010 宵闇の本館

2014年4月10日~12月31日は「道後オンセナート2014」で、芸術家のデザインしたホテルの部屋が話題になりました。道後温泉本館は、2017年の「えひめ国体」の後に改修工事が始まり、2024年に工事完成の予定だそうです。長い期間の改修ですが、おそらくはこの外観は維持されるのでしょう。

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F30号

 

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